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考え続けること、理解すること 社内報「ダンク通信」 2010年1月号より
「即位してこの方わたしはずっと『象徴』ということの意味を考えつづけてきました」
昨年、即位二十周年の式典を控えて、ある新聞社のインタビューにこたえた天皇陛下のことばです。
さまざまな社会的事変が重なり、多くの出来事のなかで、わたしの心に残った一番意味のあることばでした。
憲法で定められている「象徴としての天皇」が、「ずっと象徴という意味を考え」ていたとは、なんと哀しく美しいことなのか。
わたしはこのことばの意味する背後に、現在の日本のあらゆる不幸が隠されているような気がします。日本の社会、政治、メディア、さらには日本人の生き方のすべての問題の本質がここにあるのだと思います。
たとえば昨年の総選挙で民主党が圧勝し、鮮やかな「政権交代」が実現しました。わたしたちは戦後のほとんどの時代を背負ってきたひとつの政党があっという間に崩壊してゆく様を目の当たりにしました。
しかしそれは数年前に見た「小泉郵政選挙」とほとんど同じような空虚な経験でしか過ぎませんでした。
なぜならそれは、「小選挙区制」という制度とマス・メディアという舞台の上でおこなわれた茶番劇に過ぎなかったからです。「マニフェスト」を台本にした主役の交代劇がおこなわれただけに過ぎません。
ではなぜそういうことが繰り返し起こるのでしょうか。本来であれば、国政や国家の演出家であるべきわたしたち国民の意思がそこに存在していないからなのです。
近年、新聞社の存続さえも危ないのではといわれているくらい、新聞の購読者が減少しています。いわゆる活字離れという時代が続いています。それは「読解力」の低下を意味しています。
「読解力」は、読む力、想像する力なのです。ことば(文字)によってことばを消してゆくこと、そのことによって見えてくる形があるはずなのです。
その一方、テレビ(映像)メディアは、切り取られ編集された映像によって、わたしたち国民にあたかも「正解」らしきものを押し付けようとしているのです。
アラスカを撮り続けていた写真家の星野道夫さんが、「見ることと、理解することは違う。たとえばぼくが餌付けをしてグレーシャーベアをおびき寄せても、それは本当に見たことにはならない。
しかし、たとえ目に見えなくても、木や、岩や、風の中に、グレーシャーベアを感じ、それを理解することができる。見えなかったことはまた深い意味をもっているのだ」と、彼の遺稿写真集でいっていますが、まさしくメディアは、視聴者であるわたしたち国民に餌付けをし、扱いやすそうなところにおびき寄せようとしているのです。
わたしたちはわたしたちの幸福のために理想をもっています。そしてその理想をわたしたちの選んだ国家に託しています。しかしそれは餌付けされおびき出されたものではなく、たとえ見えなくても、「感じ、理解する」ことが大切なのです。
メディアの仕組んだカラクリの向こうに見えてくるなにかを感じ、考え続けること、理解することが本当の意味での理想の実現につながってゆくのではないでしょうか。
雨の夜のながいはじまり 社内報「ダンク通信」 2009年12月号より
ながいあいだ愛していた恋人が死んだので、まるで行きずりのように片っ端から本を読み漁った。
5、6冊を同時に2、3ページずつ読み飛ばしていく。翻訳本の古典がよかった。まるで物語を破壊するように、物語の路地裏に逃げ込んでいった。
西麻布のその店にたどり着いたころは、秋の終わりの夜空を洗うような土砂降りだった。
びしょぬれのスーツのなかで、酒に酔ったからだだけが、妙に生暖かく、機嫌がよかった。からだが気持ちのゆがみを手なずけているのだ。
カウンターだけの薄暗い店内に客の姿はなく、わたしは漂流物のように背中を折り曲げ、ひたすらウイスキーを呷った。
何杯目かのグラスをカウンターに滑らせたとき、ロックグラスの氷がかすかに割れたような気がした。
顔をあげると、目の前の女がわたしの指先を包み込むようにして、笑っていた。闇のなかから伸びてきた白い指がわたしの指先にふれていたのだ。
「そうか。気づかなかった。よかったら一杯どう」
カウンターのなかの女は、まるで音楽を奏でるようなしぐさで二つのグラスに酒をつくった。
からみあわずに、視線が合って、グラスをかざした。
わたしは黙って女のことばを待った。女はひとことも語らず、ほんの二口ほどで、グラスを空けた。
「強いんだな。もうちょっと付き合ってもらおうかな。だいじょぶ。金なら」
わたしはズボンのポケットでよれよれになった札を数えながら、言った。言いながらコンクリートの打ちっぱなしの、装飾のほとんどない店内を見渡した。
わずかに石くれみたいな花器に挿してある黄色い花だけが、カウンターの片隅でピンライトのなかに浮きあがっていた。
「暖房をちょっと強くしてくれると助かるんだけどー」
わたしはあぶなく饒舌になりそうだった。女はちいさくうなずいた。肩までの髪が、唇を半分だけ隠してしまったので、意味はわからなかったが、ため息のようなものが聞こえた。
そのときまで気づかなかったのだが、カウンターの裏にちいさなはめ込みの窓が切ってあって、六本木ヒルズの灯りが漏れていた。雨は上がったようだ。わたしは饒舌になりそうだった。
この女は何歳なんだろう。わたしはいくつになったのだろう。今夜はあと何杯この酒を飲めるのだろうか。腕時計を見ると、午前2時のまま止まっていた。父の形見の時計は、雨になると必ず止まってしまうのだ。
「もし東京の夜空が、今夜だけアラスカの夜空のように満天の星を湛えたとしたらきみはどうする?」
グラスの氷が揺れた。しばらくしてもう一度、わたしは自分に聞いてみた。
しゃれた答えなんかでてくるはずもなかった。それでももしかして、風景はわたしを変えてくれるかもしれないと思った。
女は指先でグラスの氷を揺すった。
ひとが月を指さすとき、愚か者は指を見つめる 社内報「ダンク通信」 2009年11月号より
五月革命とは、1968年5月フランスのパリで勃発したゼネストを主体とする民衆を巻き込んだ反体制的な学生運動のことである。やがてその運動は世界中を席捲し、日本でも東京大学学生占拠に代表される全学連運動にまで飛び火する。
それは単に革命的学生運動にとどまることなく、恋愛観やファッションあるいは文化や芸術の変革にまで影響したとされている。
そんなパリの五月革命のなか、カルチェ・ラタン(学生区)の壁にこんな落書きがあったという。
「ひとが月を指さすとき、愚か者は指を見つめる」。
この言葉を解釈したり、意味や意図を読み解くほど愚かなことはないと思う。しかしあえて、その愚を冒そう。たとえばわたし流に言い換えるなら「言葉を読んで、物語を読まず」という風に表現するかもしれない。
以前、ひとは自分自身の物語を持たなければいけないといったことがあるけれど、それは、自身の人生の設計図とか人生の企画書のようなものをそれぞれが持ってほしいと思っているからだ。
たとえば物語のない会社経営などありえないだろうし、もっといえば、設計図のない建造物などとんでもないことになってしまうだろう。
当然その時々や時代の変化に対応して細部の変更は強いられるだろうけれど、強いられることに耐えられるほどの核を育てなければならないのだと思う。
確かに、パリの五月革命は時代のシチュエーションを変えた。おそらく学生たちは、自由を獲得したのかもしれない。しかし体制は、変幻自在にその姿を変えながら、ふたたび自由を抑圧させつつある。
もちろんそのことに何の根拠もあるわけではない。ただの感覚でしかないが、現実的に世界は、今のこの日本という国家も含めて、言論統制がおこなわれなおかつ富国強兵もおこなわれているように感じるのだ。
たった一国の経済がバランスを崩しただけで、なぜそれが世界中に波及するのだろうか。失業率や貧困層、自殺者の増大、零細企業の倒産など枚挙に暇がない。ある意味でこれは体制(メディアも含む)の目に見えない抑圧が働いているとしか思えないのだ。
プラトンはその「国家」論のなかで、国家から詩人(この時代の詩人とはもちろん物語作者のこと)を追放せよといっているが、物語は現実を分析し現実を語り、未来を見せてしまうからだ。つまり風刺や戯作のなかで人々を目覚めさせ真実を見せてしまうからなのだ。
さて、「ひとが月を指さすとき」、月はおおきなロマン(物語)なのである。遠く見えている真実のビジョン(自由)なのである。経営の物語は、現実を分析し乗り越え、おおいなるビジョン(自由や幸福)に向かう物語なのである。「愚か者は指を見つめる」。
日本の国の文法 社内報「ダンク通信」 2009年9月号より
わたしたちはふだん何気なく日本語を使っています。愛を交わしたり、議論したり、愚痴や皮肉を言ったりさまざまな場面で、感情や話の流れのおもむくままほとんど無意識に話しています。
それはその人独自の体験や経験のなかのことばの集積を自由に使いこなしているということです。その自由を支えている背景に、ことばや文章を組み立てている規則や法則があります。それを文法といいます。
文章や物語を理解したり会話を成立させたりあるいは相手に気持ちを伝えたりするためには、すべて理解しないまでも本来は、その文法というものを意識する必要があるのかもしれません。しかし現実は難しい問題です。それこそそんな不自由なことはありません。
ところがわたしたちはかなり難解な文章や複雑な伝達事項もそれほど無理なく理解しているはずです。おそらく「表現」というある種の枠組みや方法論のなかで無意識に獲得した自由なのだと思います。
ところで、なぜわたしがあえて「文法」の問題など取り上げたかというと、このわたしたちが暮らしている国家にも同じような仕組みがあるのではないかと思うからです。とくに日本という国家には、司法・行政・立法のあくまで不可侵の三権分立というおおきな枠組みがあります。
法を司る司法、法を実行する行政、法を作る立法の三府によってこの国は「法治国家」として動いています。ところがこの国を実際は誰が運営しているのかというと、その実態はあいまいになることがあります。
今度の選挙では、この問題がおおきな争点のひとつになりました。つまり官僚(官庁=行政)における国家の支配の問題です。
思考力と実現力のある官僚が国民の代表である政治家を支配し、立法府の役目である法案の作成から成立までを意のままにしてしまったのです。おそらくそれはゆがんだ形の国家なのだと思います。
会社の構造に仮に置き換えてみれば、立法府が役員を含む経営陣であり司法が経理や総務の役割をこなし、管理職を官僚だとすると、管理職が会社の意向を無視し勝手に会社を運営していることになります。
そうしたゆがんだ構造のなかで、不測の事態を招いたときいったい誰が責任を取るのでしょうか。
わたしたちは、この国で自由を謳歌しているようにみえます。それはその自由を支えている背景に日本という国の文法があるからなのです。
わたしたちの本当の自由は、その文法を理解しあるいは少なくとも意識することが大切なのかもしれません。その評価はともかくも今度の選挙で、わたしたちは多少なりともそのことを意識したのでしょう。
「セブン」という映画の最後で、モーガン・フリーマンがヘミングウェイのことばを引用しています。
「この世は素晴らしい。だから闘う価値があるのだ」。
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