2018年 今年の漢字

      ダンクグループ

      代表

「網」の違和

わたしは通勤で丸ノ内線と中央総武線を使っている。丸ノ内線を四ツ谷で乗り換えた後の束の間の車窓の風景を見るのを楽しみの一つにしている。とりわけ外堀と市ヶ谷の堤に残る木々の季節ごとの彩の移ろいにはささやかな癒しを覚えていた。ところが近頃は電車に乗り込むと、何とも言えない不安感と焦燥感にさいなまれることがある。最初は一過性のストレスかと思っていたが、それはどうやら車内の風景の変化によるものだと気付かされた。若いころから慣れ親しんだ車内の風景に対する違和だ。いつしか網棚から荷物が無くなり、バックパックの若者が増え、新聞を広げているおやじたちが居なくなり、読み終わった雑誌やスポーツ紙が消えた。まるで舞台の暗転のように、そこにはスマホを手に俯いている人々の群れが出現した。

確かに掌に乗るコンピューターは瞬時に人と人との会話を成立させ、音楽や映像、ゲーム、世界中の情報を配信してくれる。あの通勤時間の退屈をしのぐのに充分なコンテンツを与えてくれる。もちろんわたし自身もその恩恵を享受している一人なのだが、そもそも人々は「情報」についてそれほど貪欲だったのだろうか。「情報」は、退屈を紛らわし、まるで時間を征服したかのような快楽を用意してくれる。

1995年、朝日新聞社発行の「AERA(アエラ)」という雑誌で「マルチメディア」を特集し、情報社会化する21世紀の人類のあり方を問うている。いわく「それら来るべきものを、マルチメディア社会と呼ぼうが、それは単なるネーミングの問題に過ぎない。明確なのは、情報が大衆化する過程にあることだ。(中略)我々の前に展開する可能性は、限りなき輝きに満ちつつ、また、限りなき暗闇に包まれている。」

今から二十数年前、あたかもダンク創業の時だ。その後、「IT(情報化技術)」と呼ばれ、「WWW(世界を蜘蛛の巣で覆う)」を経て、現在は「SNS(社会を網のようなもので包むサービス)」と、その見えない「主催者(?)」は、何かを模索するようにその呼称を変えていった。「アエラ」の予想したように「情報」は、大衆化したのかもしれない。そして呼称を変えつつ同時に共通していえるのはその「ネット」の網目は細く細分化され、つまり大衆化したということだ。わたしたちはその「網」に捕らわれてもがき苦しんでいることにまだ気付いていないのかもしれない。「見えない主催者」とは誰なのか。網目を食いちぎるほどの智慧と勇気を試される時がいずれ来るかも知れない。